クローズアップ

食と命のつながり取り戻す

[2012/08]



彩の国ふれあい牧場(東秩父村)。手作り体験学習で行われる紙芝居の演目は、参加者の人数や年齢層によって変える。時には涙を流す人もいて「命の教育」に手応えを感じる

 

 

紙芝居で大切さ伝える

 いただきます――毎日の食卓で、命への感謝を言葉にしているだろうか。肉や魚、野菜や米にも命があり、その命が食につながっている。豊かさと共にいつの間にかそのつながりを意識することが少なくなった。埼玉は農畜産物の大消費地であり、産地でもある。食と命が近いことは大きな強み。「命の教育」を手がかりに畜産と消費者を近づける手探りが続いている。

 東秩父村にある県の秩父高原牧場。その一部を活用して整備された「彩の国ふれあい牧場」では、休日に手作り体験研修が行われる。夏本番を迎えて、アイスクリーム作りは家族連れに大人気のメニューだ。

 指導する育成・ふれあい担当部長の宇田川浩一さんは、参加者へ決まってこう語りかける。
「牛や豚、鶏、魚、野菜にも命がありますよね。その命をいただかないと、私たちは生きていけません。ご飯を食べる時の挨拶 いただきます は命に対する感謝の言葉です」

 畜産業は鳥インフルエンザ、口蹄疫(こうていえき)、原発事故による放射線の影響など苦難が続く。野菜や米などとは事情が異なり、家畜感染症予防や衛生管理などの面から消費者が生産現場を体験する機会は極端に少ない。

 宇田川さんは、畜産を学ぶ上では「命の教育」が欠かせないと感じている。食と命はつながっているはずなのに、そのつながりが見えにくくなっている。牧場の来場者と接する中で強く思うようになった。
「肉はもちろん野菜も米も、食べることは命を絶つことだが、その実感はほとんどない。食と命のつながりに気づくことが、身近にある畜産への理解につながるはず。埼玉は大消費地だからこそ、県民のみなさんに知ってほしい」

 「命を食べている」ことを伝えようと、2年ほど前から体験学習に紙芝居を取り入れた。担当職員がそれぞれ原作に独自の構成を加えて演じている。この日の演目は「牛の一生」。秩父高原牧場が果たす育成牧場の役割なども織り交ぜて、私たちの命と乳牛の命とのつながりを語りかける。

 そして、酪農家さんと牛にお別れの時が来ます――トラックに載せられた乳牛を見送る酪農家が描かれた一枚。紙芝居の終盤、宇田川さんは命の行方について話し始めた。
「みなさんはハンバーグが好きですか?乳量の減った牛は食用に出荷されて、多くの場合ひき肉に加工されます」

 実習室の空気が変わる、反応したのは大人だ。都内から参加した母親は体験学習の感想をこう話した。
「家族で作ったアイスクリームの味は格別でしたし、牛乳も好きですが、乳牛のことはほとんど知らなかった。お肉に対する思いが変わりそうです」

 県内では畜産農家戸数の減少が止まらない。都市化が進んでいることに加え、生産者の高齢化と後継者不足が深刻化しているからだ。宇田川さんは言う。
「消費者と畜産を近づける役割を生産者だけで担うのは難しい。それを支援し、あるいは生産者に代わって進めることが、民間の観光牧場にはできない県営牧場としての役割だと思う」

 牛肉の県内需要量は、この30年間で約3・8倍に増加した。一方、1980年には3370戸あった乳・肉用牛の飼養農家は、2009年には584戸に激減している。