クローズアップ

生命と食をつなげる食育

[2010/10]



酪農家の指導を受けて子牛の哺乳を体験する。乳房の温もり、ほとばしる乳の匂いを感じ、食と生命のつながりを実感する

 本物の牛がやって来た――坂戸市にある女子栄養大学、普段は静かなキャンパスに牛の鳴き声が響く。今年2月、同大の田中久子教授は集中講義の中で「わくわくモーモー」を開いた。これは生産者、食育や酪農教育に携わる団体、乳業会社などが協力して行ったもので、搾乳や子牛の哺乳体験、ホウレンソウの荷造り体験などのコーナーが設けられたほか、食育に取り組む団体などがプレゼンテーションを行った。受講したのは実践栄養学科の3年生約100人、将来は管理栄養士など食の専門家を目指す若者たちだ。

 食の荒廃が指摘される中、食育の重要性に関心が高まっている。「食育は生命と食をつなげる大切さを説得力をもって伝えることが大事。将来、専門家として食育を担う学生には生産者の想いを知り、生命を感じる体験が必要だ」と、田中教授はその意義を語る。管理栄養士になる人間として、伝え方に深みが出ると感じた――食をめぐる「想い」に触れ、意識を変えた学生のレポートにはこう綴られていた。

 酪農が盛んな大里、児玉地域に、子どもたちに大人気の牛乳のヒーローがいる。若手酪農家らが演じる白き勇者ミルクマン。世界征服のために牛乳を狙う悪の軍団「ワルスギー軍団」と闘うショーは保育園や幼稚園からひっぱりだこだ。

 ショーの中ほどで、ワルスギーが牛乳や乳牛にちなんだクイズで子どもたちを楽しませる。牛乳は何の動物のおっぱいでしょうか?三択のクイズに、ある子どもが自信たっぷりにこう答えた。

「シマウマ!」

 ホルスタイン柄の衣装で進行役を務める小林誠さんはこう話す。

「牛乳は冷蔵庫から出てくるものと思っている子どももいて、驚いたことがある。本物の牛を見たことがない子どもも多いし、生産者と消費者がつながっていないことを実感する。生産者としてだけでなく、子どもを持つ親としても複雑な気持ちになる」

 コンビニの総菜をパック容器のまま食べていて、保育園で初めて食器でご飯を食べたという幼児。寝床で食べるのが暖かくて美味しいという中学生。食の荒廃や食の生産現場と食卓のかい離が指摘されて久しい。

 食をめぐる問題について、田中教授はこう指摘する。

「生産の現場が見えにくくなっていることで、生産者の想いが消費者へ届かない。さらに、食を生命と結びつけて感じられなくなっていることが大きな問題だ。重大なのは、食に対する意識の変化が子どもだけの問題ではなく、親の世代にもあること」

 食育基本法が施行されて5年がたち、食育という用語自体は国民の75%以上にまで浸透したが、実は新しい言葉ではない。明治31年に出版された陸軍薬剤監の石塚左玄著「食物養生法」にも登場し、「学童を養育する人々はその家訓を厳しくして、体育、智育、才育はすなわち食育にあると考えるべき」と記されている。

 田中教授は3年前から、体験型の食育授業に取り組んでいる。地域の生産者などが講師を務め、管理栄養士などを目指す同大の学生が、搾乳や作物の荷造りなどを体験するほか、生産者の声を聞く。田中教授は体験の意義についてこう言う。

 「学生は将来、食育の担い手となって、食物に込められた想いを伝える役割を負う。食をめぐるさまざまな現場を知り、生命を感じる体験が専門家として食の大切さを伝える時の説得力につながる」